サテュロス、パーン、牧神、牧羊神、半獣神、ほか

サテュロスやパーンの事典のようなブログにしたいと思っています

「サテュロスと火」

サテュロスと火」というお話をご紹介いたします。

 

サテュロスと火」はエドウィン・ペリーによるイソップ寓話の467番として語られているお話。(イソップ寓話のもうひとつのサテュロスの話はこちらの記事で)

サテュロスが火を抱きしめてキスしようとしたので、プロメテウスが「髭が燃えちゃうよ」と忠告した、という話
火は触れたものを焼くけれど、うまくやれば便利な道具になるよ、という教訓つき。

 

これはイソップとしてまとめられてはいるけれど、多分プルタルコスによる「いかに敵から利益を得るか」の2-86Eを引用したものでしょう。
またこちらのプルタルコスの記述はアイスキュロス「火を点けるプロメーテウス」からの引用とされています。劇そのものは散逸していて典拠はプルタルコスのそれだけですけども。

ついでに「火は触れたものを焼くけれど、うまくやれば便利な道具になる」というのが、プルタルコスの見解なのか元々アイスキュロスが言っているのかはもうよくわからないみたいです。

 

しかしアイスキュロスの時代には既にアイソーポスは伝説的寓話作家として知られていたわけで、もう時系列がわけわからん

つーかこの話をイソップとして採用してる文献が少ない!1952年のペリー版と1925年のC.ハルム版だけか!

じゃあ何を根拠にいつイソップ寓話に組み込まれたんだ……と気になるところですが、手がかりがなく調べられませんでした。すみません。

 

なお、サテュロス劇「火を点けるプロメーテウス」に関してはヘシオドスの古注でも言及があり、それ曰く、サテュロスたちがプロメーテウスに災いの入った甕、いわゆるパンドラの箱というやつを渡すシーンがあるらしいです。熱いですね。(火を点けるプロメーテウスじゃなくてソポクレスのサテュロス劇「パンドーラー」のシーンについての言及という説もあるけど)

 

参考文献

イソップ寓話集』(中務哲郎訳、岩波書店、1999)
ギリシア悲劇全集10 第9回配本(全13巻・別巻1)』(逸見喜一郎・川崎義和・高橋克美訳、岩波書店、1991)
『モラリア 2』(瀬口昌久訳、京都大学学術出版会、2001)

読んでも読んでもいまひとつ掴みきれずよくわからないトピックだったので、どうぞみなさんもこれらの文献を見比べてよくわからなくなってください。

 

おまけ。そういえばこんな絵見たことあったなあと思ったので貼っておきます。

絵は明らかに「サテュロスと火」だけど、ラテン語の格言として書いてありますね。よくわかりません。助けて。

Quod non noris, non ames [Latin proverb] (1712)

https://digitalcollections.nypl.org/items/510d47e4-0f1b-a3d9-e040-e00a18064a99

アイスキュロスの断片

ギリシア悲劇全集10 第9回配本(全13巻・別巻1)』(逸見喜一郎・川崎義和・高橋克美訳、岩波書店、1991)は悲劇詩人アイスキュロス(前6〜5世紀)の作品のうち、不完全な形で残っている断片をまとめたものとなっています。

残ってる悲劇を読む前に断片を攻めるのは我ながらどうなんだろうと思いましたが、サテュロス劇なんかは散逸してるものの方がよっぽど多いので、サテュロス好きとしては断片こそ本編と言えなくもないかもしれません。

とにかくこちらの本からサテュロスの類を抜き出してまとめておこうと思います。

 

ちなみにそもそも「断片」ってなんぞや、ということについて冒頭で40ページほど解説されているんですが、これがすでにとてもおもしろいです。

古代人が引用した一節が残っていたり、中世の写本が残っていたり、はたまたエジプトで発掘されたパピルスがあったり。同じものを引用している文献がいくつかあるおかげで信憑性のある断片もあれば、ひとつの文献で一瞬ちょろっと言及されてるだけの断片もあったり。

たかが断片されど断片、ロマンの塊です。

 

なおサテュロス劇についてはこちらの記事をご覧ください。

 

・アミューモーネー
当時の悲劇の上演記録を書いたパピルスが発見されており、サテュロス劇であることがわかる。アポロドーロスが伝えている話はこの劇の要約らしい。

 

・「海のグラウコス」か「ポトニアイのグラウコス」かわからない断片
テオクリトスおよびエウリーピデースの古注にて、アイスキュロスの「グラウコス」を典拠として「パーンは2名/複数名いる」「それぞれゼウスの子供とクロノスの子供」という記述があるらしい。

 

・海のグラウコス
漁師グラウコスが海の神様になってしまう神話がモチーフと思われる。筋としてサテュロス劇っぽい(神話を元にしており滑稽な言葉遣い)、だけど断定はできない

 

・魚網を曳く人々
雰囲気的にどうやらサテュロス劇。ダナエと幼いペルセウスがセリポス島に流れ着いた時の物語と思われ、漁師ディクテュスがシレノスとサテュロスの集団から親子を守ろうとするシーンがメインらしい。わりとまとまった量のパピルスが発見されている。残ってるシレノスのセリフがどれもこれもセクハラすぎるぞ!

 

・「祭礼使節の人々」または「イストミア祭の競技者たち」
どの神話を扱ったかはよくわからないものの、雰囲気からどうやらサテュロス劇。これまたまとまった量のパピルスが発見されている。
コロス(つまりサテュロス)たちがなんか奉納品をポセイドン神殿に据え付けようとしていると、彼らの主人(つまりディオニュソス)が現れて「おどりをサボるな」と叱るシーンがある。すごくかわいい。

・レオーン
ビザンティンのステパノスが「サテュロス劇の『レオーン』」からの一節を引用してるのでサテュロス劇であることだけはわかる、がその他一切不明。

 

・リュクールゴス
これまた、アリストパネースの古注に「(アイスキュロスの)サテュロス劇の『リュクールゴス』」という言葉があるのでサテュロス劇であることだけはわかるがその他一切不明。

 

・火を点けるプロメーテウス

これに関しては別記事で掘り下げたいところがあるのでこちらで!

 

・プローテウス
これもやっぱり『アガメムノーン』のヒュポテシスやアリストパネースの古注から、サテュロス劇であることはわかる。内容は多分トロイア戦争からメネラーオスが帰国する際にプローテウスから帰路を聞く話。アテーナイオスやヘーローディアーノスが一部を引用している。

 

・逃げるシーシュポス
シーシュポスが死神をかわす神話と思われる。たぶんサテュロス劇。

 

・スピンクス
オイディプース関連の悲劇とともに上演されたサテュロス劇。オイディプースがスピンクスの謎を解く神話と思われるがいまいちわからない。

 

・作品名不詳断片308「左の目をさながらマグロのように斜めに向けて」
アテーナイオス、プルータルコスなど何人もがアイスキュロスの言葉として引用しているが、何の劇なのかは一切不明。サテュロス劇…らしい 

 

以上です。

思った以上にサテュロスが豊作で、これは他の詩人の断片集も借りないとな…と思われましたとさ。