牧神の午後 マラルメ・ドビュッシー・ニジンスキー
"L'Après-midi d'un faune"というタイトルの、一連の芸術作品があるわけです。日本語では「牧神の午後」もしくは「半獣神の午後」という名で知られています。
牧神ならなんでも揃う牧神橋道具街(?)を目指す当ブログとしては避けるわけにはいかないテーマなのですが、詩、音楽、バレエ、そしてそれらに触発されたその他もろもろの作品の数は膨大で切り口が多く、手を出しかねておりました。
しかしこの度、もうL'Après-midi d'un fauneというカテゴリー作ってそこに記事ボカスカ入れていこう!!と一念発起いたしました。記念すべき一発目の記事は『牧神の午後 マラルメ・ドビュッシー・ニジンスキー』 を取り上げようと思います。
というわけで、『牧神の午後 マラルメ・ドビュッシー・ニジンスキー』( オルセー美術館編、柏倉康夫訳、平凡社、1994)をご紹介いたします。
原著は1989年刊、オルセー美術館で開催された特別展「マラルメ—舞踏」のための解説本です。タイトルの通り、マラルメの「半獣神の午後」、ドビュッシーの「牧神の午後のための前奏曲」、そしてニジンスキーの「牧神の午後」の3つの作品を包括的に解説しています。
とはいえ展覧会の解説なので、内容の半分以上は図版。なお日本版限定で鈴木信太郎による「半獣神の午後」の原稿の写真が収録されていたりします。 ていうか本自体がデカい。縦36cmもある。
また、メインはマラルメ・ドビュッシー・ニジンスキーなれど、章立てとしては「牧神の5段階」とあり、マラルメの後にマネによる挿絵、ニジンスキーの後にド・マイヤーによる写真の話も少々。そしてインスパイアされた他作家の作品や同時代の作家による作品の図像もたっぷり収録されています。
L'Après-midi d'un fauneという一連の作品に関して道標になってくれそうな本です。 持っておきたい……けど手に入れるにはちょっと高価!
かなりお腹いっぱいになる本なのですが、とりあえず文章ゾーンの内容をある程度まとめておくことにいたします。
・マラルメ「半獣神の午後」L'Après-midi d'un fauneのこと
フランス象徴主義の詩人、ステファヌ・マラルメによる詩作品。1875年発表。
草稿段階で劇、独白劇などスタイルの変遷を経て、牧歌として完成した110行の詩。様式としてはボードレール、また牧神という題材に関してはテオドール・ド・バンヴィルの『森のディアナ』からの影響がうかがえるらしい。
内容は午後の日差しの中でまどろむ牧神が、ふたりのニンフとの官能的な体験を回想する、というもの。
・マネによる「半獣神の午後」の挿絵のこと
フランス印象派の画家エドゥアール・マネによる数葉の版画作品。上のマラルメの詩が出版されるにあたってついた挿絵。
マラルメとマネはとっても仲良しで、半獣神以前にもポーの「大鴉」のフランス語訳で一緒に仕事するなどしていたようです。
マラルメはマネのことが本当に大好きで、マネについての印象として「脚がヤギみたいだった」などと言っているみたいです。「脚がヤギ」が最高の褒め言葉なの最高ですねマラルメ先生。
「半獣神の午後」におけるマネの挿絵は簡素ながら繊細な木版二色刷り。しかしその浮世絵的な技法をフランスでやってみるのは技術が足りずなかなか大変だったそうです。

・ドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」Prélude à "L'après-midi d'un faune"のこと
フランス象徴主義・印象派の作曲家クロード・アシル・ドビュッシーによる管弦楽作品。1894年発表。
1890年ごろ、マラルメの詩劇にドビュッシーが曲をつけるという企画が持ち上がったそうです。マラルメは「半獣神の午後」を舞台用に書き直し、マラルメに会ってすっかり魅了されたドビュッシーは張り切って作曲を開始しました。 が、なんでかマラルメがやっぱり詩を引っ込めてしまい企画は頓挫…したけどもドビュッシーは止まらず「牧神の午後のための前奏曲」を作曲。ドビュッシーのアパートに招かれピアノ独奏の「牧神の午後のための前奏曲」を聴いたマラルメは大感激したそうです。
しかしその音色重視の前衛的なスタイルに、新聞の評価は芳しくなかった模様。
タイトルが「前奏曲」なのはもともと三部作構想だったからと何かで読んだ覚えがありますが、それがなぜ頓挫したのかは別の機会に調べます……
・ニジンスキー「牧神の午後」L'Après-midi d'un fauneのこと
バレエ・リュスによるバレエ作品。振付担当は同団の花形ヴァーツラフ・ニジンスキー、美術担当は同団のお抱え画家レフ・バクスト。初演は1912年。
バレエ・リュスの振付師ミハイル・フォーキンのスタイルに不満のあったニジンスキーは、自ら振付を手掛けることを決意。1910年からバクスト、座長のディアギレフ、そして詩人のジャン・コクトーの助けを得て、ギリシャ的な芸術をテーマとしたバレエが形作られていきました。そんななかで選曲されたのが「牧神の午後のための前奏曲」だった、とのことです。
なおニジンスキーはフランス語が読めないのでマラルメの「半獣神の午後」は読んでなかったらしい。おいおい。
そしてお披露目と相なったのは、みなさまご存知バクストのデザインした強烈な衣装に、ニジンスキーの強烈な振付。大スキャンダルを起こしました。

・ド・マイアー「ニジンスキー:牧神の午後」"Nijinsky: L'Apres-midi d'un Faune"
アドルフ・ド・マイアーはロンドンでバレエ・リュスに接近した謎の写真家。もちろん「牧神の午後」の写真も撮影していて、一連の作品は写真集「牧神の午後への前奏曲」として1000部限定で出版されました。発表は1914年。
奥行きを廃したレリーフのような写真は非常に印象的。山岸凉子の「牧神の午後」にも多数引用されているので、知っている人も多いかも。

ほかにも興味深い情報が盛りだくさんなのですが、ひとまずひとまずこんなところで。