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牧神の午後(ハンス・クリストファー・ブーフ)

ハンス・クリストファー・ブーフによる小説「牧神の午後」(Nachmittag eines Fauns)をご紹介いたします。

テキストは『独逸怪奇小説集成』(前川道介訳、竹内節編、国書刊行会、2001)によりましたが、収録されている作品はだいぶなんなのかよくわからない作家によるものも多く、「牧神の午後」の作者ブーフのこともよくわかりませんでした。まあとにかく、19世紀末〜20世紀初頭にドイツでその手の怪奇小説を書いていた人であるようです。

 

なおこちらの作品、原題も「牧神の午後」を意味しているため、マラルメによる同名の詩かニジンスキーによる同名のバレエにインスピレーションを受けた作なのだろうと思われます。内容は無関係ですが。

 

あらすじはこんな感じ

 

ドイツの森の中で狩をしていた猟師たちが、ひとりの牧神を発見します。猟師たちは牧神をとらえることにし、猟犬たちとの激闘を経て牧神はついに捕まってしまいます。

帰ってきた猟師たちと野次馬たちは牧神の獲物としての利用法をあーだこーだと言い合いますが、牧神の手当をしている医者の「本人に聞いてみればいいじゃない」という案により、牧神とのコミュニケーションがはかられます。

牧神は医者の話すラテン語に反応しました。ラテン語母語だといいます。

牧神は酒と食物を要求し、そのまま豪勢な宴会が始まってしまいました。

飲めや歌えの大騒ぎが真夜中まで続き、みんながぶっ倒れてしまうころ、牧神はひっそりと姿を消してしまいます。

しかしみんなで捜索したところ、午前深まるころに瀕死の牧神が発見されます。ケガが治りきってなかったようです。牧神は「みんな南に行ってしまって、自分は置いていかれた、笛もなくした」と述べます。

そして牧神は「最期に故郷(たぶんギリシャ)が見たいから小高い丘に運んでほしい」と人々に伝え、場所的にそんな遠くまで見えるわけもないけれど、牧神は山の方を見つめながら息絶えてしまいましたとさ。

 

なんだかとっても悲しいお話ですが、牧神の存在に肉体を伴うような生々しさがあるところが特徴的です。

不思議な力で猟犬の猛攻をかわしてもいいところを、傷つけられ捕まってしまう。

言葉が通じなくてもいいところを、ラテン語なら会話することができる。

宴会の終わりとともに本当に消えてしまってもいいところを、瀕死の状態でまた発見される。そして死んでしまう。

「みんなは南に行ってしまった」というセリフからも、なにか渡り鳥的な、生き物らしさが強く感じられます。

しかし一方で自然発生的な大宴会にみんなが夢中になるなど、神話的な、精霊らしさもまた感じられます。

 

この生物寄りなのか神話寄りなのかいまひとつわからない感じ、日本の民話「猿婿入り」なんかに似ている感じがします。20世紀前後ドイツの同時代を舞台にした創作怪奇小説ですけど。

なかなか風変わりな物語で、興味深く読んでしまいました。