I AM PAN!
Mordicai Gersteinによる絵本、「I AM PAN!」のご紹介です。
2016年Roaring Brook Press刊(邦訳なし)
ギリシャ神話のエピソードのうちパーンの登場するものをある程度まとめた絵本となっています。平易な英語で読みやすい。2019年には似たフォーマットの『I AM HERMES!』も出版されています。
作者Mordicai Gersteinはアメリカ生まれの絵本作家。1934年に誕生し2019年に惜しまれつつ逝去されたようです。
内容は主にパーン自身が語る形式となっており、
・パーンの誕生(ホメロス風讃歌を踏襲、後半のわんぱくすぎてオリンポスで持て余されアルカディアに左遷降ろされるくだりはオリジナル?)
・「パニック」の語源としてのパーン
・パーンとセレネの恋
・テュフォン戦におけるパーンの活躍(有名なヤギ魚エピソードでなくヘルメスと一緒に腱を盗むエピソードが採用されててちょっと嬉しい)
・シュリンクス及びエコーとのパーンの恋(エコーとは相思相愛で結ばれイユンクスが生まれた流れに)
・アポロンとパーンの音楽対決ならびにミダス王のロバの耳
・マラトンの戦いにおけるパーンの活躍
・大いなるパーンは死せり
といったエピソードが集まっています。
参考文献として巻末に
・グレーヴズ『ギリシア神話』
・オウィディウス『変身物語』
・『ホメーロス風讃歌』
・ヘシオドス、テオグニス
が挙げられています。アポロドーロスやプルタルコスのエピソードもみられるのはグレーヴズからの孫引きでしょうか。
マブダチのディオニュソスが全く出てこないのが少し残念ですが、それは子ども向けの本だからいたしかたないことでしょう。
個人的にはプルタルコスの『モラリア』に載っている「大いなるパーンは死せり」を牧神のエピソードとして語っているのが気になります。『モラリア』の註もTheoi Projectも「大いなるパーン≠牧神」として扱っているようだったので。グレーヴズがそう言ってたのかな?グレーヴズ長らく読んでないから忘れたな……
そして「大いなるパーンは死せり」という謎めいた伝説の「真相」として「神を引退したくなったパーンが自らそのように宣言した」というオリジナル解釈が行われています。ちょっと注意が必要ですね。
なんか先にケチつけちゃいましたけど、総じてとてもかわいくていい絵本です。
そもそもギリシャ神話の一柱、しかもパーンに一冊がっつり割いた本なんて日本ではまずお目にかかれません。
オリジナル要素も基本的には大変かわいらしく、特にありとあらゆるニンフにアプローチをかけては「ヤギ臭い」「風呂入れ」「ヤギ臭い」とフラれまくる場面がとても好きです。やっぱパーンはごきげんに女の子を追いかけてる姿が似合うね。
出たばっかりのころにアマゾンで見つけて買った覚えがありますが、今(2022/06/13)調べてみたらまだページがありました。新品も中古もあるようです。