たのしい川べ
ケネス・グレーアム『たのしい川べ』(ケネス・グレーアム著、石井桃子訳、岩波書店、2012年)のご紹介です。
1908年刊。こちらの岩波書店のものは1963年に初版が刊行されたようです。私が持っているのは第50刷でした。
原題は”The Wind In The Willows"といいます。挿絵は『くまのプーさん』で有名なE.H.シェパード。
内容は一筋の川を軸に、モグラくんや川ネズミくん、アナグマさんやヒキガエルくんたちが織りなすショートストーリー群です。
表紙をめくると表2に地図が描いてあるのが嬉しい。
動物たちしか出てこないというわけではなく、意外と人間も出てきます。動物社会と人間社会がどのように関わっているのかはいまひとつ謎です。
グレーアム自身が夜泣きの止まらない息子に即興で披露したおはなしが元になっているとのことなので、細かいところはそんなに気にするべきではないのでしょう。
本全体を好きになれるかどうかは、主要キャラのひとりヒキガエルくんをかわいく思えるか否かにかかっているのではないかと思われます。実際グレーアム親子の間では大人気キャラだったようですし。
私はあんまりかわいいと思えませんでした。なので総じてはあんまり好きな本ではないです。聞かん坊の子どもってこういう感じなんだろうなーとは思うけど……
で、なぜ急に『たのしい川べ』の話かといえば、当然半獣成分が含まれているからでございます。第7章「あかつきのパン笛」がまるまるパーンの物語なのです。
内容は「カワウソくんの息子が行方不明になったと聞きモグラくんと川ネズミくんが捜索に繰り出すと、池の中洲にパンの神が顕現し、その足元にカワウソくんの息子がいた」というものです。
この章だけは出版が決まってからグレーアムが書き下ろしたものだそうで、確かにほかと比べて浮いた印象の章となっています。
どう浮いてるってとにもかくにも美しすぎる。
本全体にわたって美しい自然は描写されていますが、ここまで全文が詩のような章はほかにありません。
またパーンがとても神々しい。
パーンをしっかり「神」に据えて描いた物語はほかにも(『人間嫌い』、『ダフニスとクロエー』、『五十一話集』などなど)ありますが、ここまで、こう……父性がすごいというか、傷ついたものたちが最後に頼るべきものというか、とにかくこんなにまで神々しいパーンは見たことがない気がします。
終盤の「笛の音が、言葉になったかと思えばまた笛になってしまい、いつのまにか風の中に消えていく」という描写は見事というほかありません。
全体には好きじゃないなどと言いましたが、パーンが好きならこれだけのためにでも所有するべき本ではないかと思います。
名作なので本屋でも図書館でも簡単に読めると思います。
ちなみに「あかつきのパン笛」の原題は"The Piper At The Gates Of Dawn"です。声に出して読みたいリズミカルなタイトル。ていうかピンク・フロイドのファーストってここから取ってたのか……シド・バレットはパーンだったのね……とか思いました。ピンク・フロイドのファーストはサイケすぎて怖くて1回しか聴けていません。